連続電波障害

とくにないです

賢者

夜中、例えようのない不安と寂しさに襲われることがある。そんな時私は下着を身につけて部屋の隅へ向かい、一人震えながら夜が明けるのを待つ。時折誰もいないはずの室内に人成らざる者の気配を感じて振り向くと、そこには決まって彼がいた。

短く刈り込まれたごま塩頭に岩のような体躯、浮浪者か旅人かと言うような怪しい風体の彼は度々現れては歯に衣着せぬ物言いで私の葛藤を取り払う。その見た目と言葉から私は彼のことをおにぎり師匠と呼び、敬愛の念を抱いていた。

「私に生きる資格などないのだ」

「生きる資格?そんなもんどこで手に入るんだ?」

「えーと、つまり私は死にたいのだ」

私は悲観的だったがおにぎり師匠にはそんな気持ちは微塵も伝わっていないらしい。だらしなく脱力した手が顎に伸びて、遂には手遊びするようにヒゲを抜き始めた。

「それはダメだろ」

「ダメと言われてもね。そもそも死ぬのに誰かの許可が必要なのだろうか?」

「どうだろうな、最近は何にでも許可がいるからな。今度知り合いにでも聞いてみるか」

許可が必要だとしたら役所だろうか。申請書に死亡動機を記入して審査結果を待つがきっと「厳正なる審査の結果、誠に遺憾ながら貴意に添いかねる結果となりました。貴殿の今後益々のご活躍をお祈り申し上げます」こんな断り文句と共に却下されるに決まっている。お役所なんて場所は人を苛立たせるために存在するのだ。

「今日はもう放っておいて欲しいのだが」

「それともお前、病院で死にかけてる奴のところに行って『死ぬのに誰かの許可はいりましたか?』って聞いてきたらどうだ?」

「そんな乱暴な」

乱暴?死のうって奴が他人のことを考えるのか?死にたい奴は決まって自分のことしか考えてないもんだろ。だから電車に飛び込むんだよ。遅延で何万人もの人間が被る迷惑を微塵も考えてない」

「一理ある」

「本当に死にたい人間は自分のことしか考えない。お前は他人のことを考える余裕がある。つまりお前はまだ本当に死にたいとは考えてないんだ」

彼の賢人アリストテレスの三段論法を、森の賢人と言った風のおにぎり師匠の口から聞くことになるとは夢にも思わなかった。彼は「時間だ」と言って二度三度鼻の頭をこすると、気怠そうな表情を浮かべながら消えていった。

私は衣服を身につけて布団に潜り込むと静かに眼を瞑る。先ほどまでの悲観的な気持ちはもう微塵も感じられなかった。